甲斐
【読み】かい,かひ,こうひ
【ローマ字】
【全国順位】
324位
【全国人数】
およそ63,200人
由来解説
②嵯峨天皇の皇子で源姓を賜った氏(嵯峨源氏)。
③中臣鎌足が天智天皇より賜ったことに始まる氏(藤原氏)隆家流、藤原南家。
④古代氏族であり、美努(みの)王の妻県犬養(あがたのいぬかい)三千代が橘宿禰(すくね)の氏姓を与えられることに始まる橘氏。
⑤大江氏(土師の族で相撲の元祖の野見宿禰の子孫。平城天皇の子孫ともいわれる)。
⑥大中臣氏。
などにもみられる。
語源は、狭谷、はざま、山などの迫っているところ、開拓、開墾地、開田、開発、貝の形や貝のある地域、貝塚、など。地名としては、新潟などにみられる。
【大分県の甲斐家】
武田信玄の長男 義信は永禄七年 謀反の企てありとし幽閉されたが信玄の師僧 臨済宗本山妙心寺の名僧 快川和尚の進言で義信は自害したことにして豊後国大分郡高崎の臨済宗 妙心寺派の末寺 惟福寺に陰栖 三年後 永禄十年 当地、大迫を安住の地と定め移住 甲斐姓をなのる 「義信三十三歳」後 大友家の招きにより家臣となる
正徳五年 甲斐喜兵衛信利が府内藩山役与力として高崎山周辺の管理役ほか付近住民の差配を努める為 椎迫村より 大迫に移住 甲斐家は甲斐国の武田一族で四百二十年前の元亀三年 織田信長の爲浪人して甲斐国を出国した 武田信行が甲斐姓を名乗ったのが始まりである 信行が一族と共に豊後国に入り大友家臣となり大分郡笠和郷(椎迫村)に移住
~大分市高崎机張原 加倉神社記念碑より~
最終更新:2025/07/18 19:33:21 最終更新者:光忠
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